TOP PAGE

はじめに

世界設定
人物設定
用語集

≪長編小説≫

灰色庭園ハイイロテイエン
0:プロローグ
1:少女の空
2:存在定義
3:誰かの声
4:消した記憶
5:最上階-鐘
6:鐘と夢
7:時と音と声
8:メゾ・ピアノ
9:嵐の翌朝
10:リアリティ
11:傾いた眼
12:横断携帯
...

  # 第六話 『鐘と夢』
崩れたステンドガラス。
床に散らばった破片。
ぽっかり空いた窓。

少女は顔を上げた。

天井に丸くはめ込まれている透明なダイヤのような天窓は、所々ヒビが透き通って見えるが、
何とか持ちこたえているらしい。
雨があがって雲の隙間から顔をだしている太陽光を反射して、てらてら光っている。
それらが座り込んでいる少女の傍で束になり、長方形の光を造る。
不健康な白くて細長い腕を伸ばして掴もうとすると影を作り、手の甲は光を吸収する。

どこか遠くで、もしくはごく近くで、篭った音が響いた。聴こえた。
音の主はすぐに分かった。

久しぶりに聴いた音。
あのヒトが最期に鳴らした音。
あのヒトを最期に泣かせた音。

少年は鐘から手を離した。

鐘は一度しか鳴っていないけれど、まだ耳の中で反響していた。手の中でも。
その微動。
空気のゆれ。
ひびく温度。
昔の僕。
変わった世界。
止まった音。



まだ、カーテンの隙間からは夜の気配が漂っていた。
僕は誰かの咽る声で起きた。
叩き起こされた。

獣が唸るような声が、僕のすぐ隣で聞こえた。
重く圧し掛かるようにして被さっている毛布を退けて、ベッドからのそりと立ち上がる。
眠気は僕の周りに纏わりついて、足元さえも覚束無い。
長くて冷たいフローリングの廊下を、時折、婆ちゃんが送ってきたミカンの箱に足を躓かせながら
すっかり暗闇の中に沈んでしまったキッチンへと向かう。
そうだ、今日はとても不思議な夢を見たんだ...

タクシーが衝突したり、大型トラックがクラクションを鳴らしたり、バイクが派手に横転したり、
臨港バスが排気ガスを噴き出す音がして、眉を顰めて耳鳴りが反響する頭を抱え、顔を上げた。
そこはグレイの空を抱えた、ちょうど昼頃の渋谷だった。
僕の目の前の信号が青に変わって、周りの人形が一斉に号令がかかったように行列を作り動き出す。
その中をタクシーが平気で列を跳ね飛ばす勢いで突っ込んでいく。
僕はその流れの中で立ち止まっては、
「チッ邪魔くせえんだよガキ」「歩きなさいよ」「退けよバカ野郎」
飛び交う声に安堵する。
顔も見ずに通り過ぎる人形の眼を見つめて、やり過ごす。

俯くと、僕の黒いパーカーより更に深い黒が、スニーカーの周りに絡み付いていた。
僕が一歩足を踏み出すと、その黒い影は一歩前に波紋のように広がっていく。
みるみるうちにゼブラの横断歩道が黒に染まる。
木偶のぼうを飲み込んでいく真っ黒な波は、横断歩道の向こう岸へと届いた。
向こう岸には、僕のように流れの中で佇んでいる女の人が、居た。
髪も衣服も輪郭も、消しゴムで消されたように灰色にぼやけ、霞んで見えない。
彼女はしきりに何かを叫んでいる。
けれど唇が縦や横に艶かしく動いているだけで、音は全く聞こえない。
僕が指先を伸ばすと、たちまち黒い波紋は広がって、真っ黒な渦になる。
そして、ついに彼女を飲み込んだ。
途端に空の色に似た、女を造った色に似たグレイの煙が巻きついて、僕は幾度も咽た。
煙は先刻の彼女の姿を造り、黒と混ざっていった。
僕は何度も何度も、血を吐くまで咽た。
咽ながら、何かを叫んでいた。
その赤とグレイと黒の奇妙な色と、咳き込む音と、叫び声の余りの煩さで、僕の脳は起こされたんだ。

女が誰なのかは分からないけれど、「僕は貴方を知っていた」。
何を叫んでいたかは知らないけれど、「僕はそれを聞いていた」。 

夢で夢と叫んだ。

そこで夢は途切れた。







←back ↑top next→

Copyright(C) 2005 MIKOTO. All rights reserved.