ずらりと並べられたボタンを順に眺めてゆき、"最上階<R>"と書かれたボタンを押す。
すると瞬く間に青い線がディスプレイ上を走って形を作る。
どうやら屋上はこの部屋の、五番目のドアを抜けた先にあるらしい。
数秒、図を脳内にインプットするために睨み付け、部屋と見比べてから"Delete"を押し、
振り返ってルートを確認する。
深呼吸してから、アグリが抜けていった道順で通路に出る。
ところどころ飛び出しているコードを踏みつけないように注意して進むと、五番目のドアが見えた。
「今度は、木材じゃないんだな…」
一人ごちると、ドアに掛けられた閂を抜き取り、重い扉を押し開いた。
ドアの向こうには、先ほどアグリと一緒に通った廊下と同じような造りの薄暗い細道が続いていた。
先は灰色が集まって深い闇を作っていて、よく見えない。
とりあえず一歩踏み出す。
ちゃぷんと音を立てて、右足が思ったよりも深いところで着地する。
見下ろしてみると、ドアと通路には少し段差があったようだ。ドアの溝から先が途切れている。
踏み出した右足はくるぶしの辺りまで水に浸っていた。その水が、じわりと靴の内へと浸入をはじめる。
慌てて右足にちからを入れて引き上げると、どばどば大袈裟な音を立てて流れ落ちた。
どうやら買ったばかりの白の靴下は、もう灰色に汚れてしまったようだ。
仕方なくもう一度右足を水路に突っ込み、左足も突っ込む。
そして前に前進しようとすると、右足を水が引っ張ってなかなか思うように動けない。
それを何度か繰り返しているうちに、水中歩行にも慣れてくる。
そうして数十歩進んだあたりに、また扉があった。
これもまた、こちら側から閂が掛けられている。
僕は冷たく錆びたそれに手をかけると、一気に引き抜く。
耳元でキイキイキイと、リピートするノイズが貫きながら響いた。
驚いて、そして半ば呆れながら目を凝らした。
鏡を目の前にしているわけでも、ない。
急に開けた視界。
眼に沁みた空の碧。
空っぽになった世界の、空間の隅で息継ぎをしている。
そこには教会最上部に設置されていた錆びた銅色の鐘と、酷く透明な空。
僕は扉から一歩ずつ踏み出し、四段の小刻みな階段を降りて、鐘の前に立つ。
ただ一直線に教会の鐘の音は響いてゆく。
それは僕が鳴らす音。
未だ知らない誰かに向けて。
聴こえている誰かの為に。
外のパーツだけ双子の 僕ら。
瞳の中のヒカリを失ってしまった茶色の眼を、肌色の油ねんどに埋めて。
半開きになった唇からは意味の無いピープ音の羅列が吐かれる。
頬の筋肉を全く使わずに「造られる」笑みは、
僕に軽い恐怖を与えてから静かに沈黙の湿った空気を、紡いだ。
僕の 身代わり。
僕がボクを産み、僕がボクを愛し。
僕がボクを裏切り、僕がボクを殺す。
その情景はとても滑稽だ。
お前には僕のように軽やかに笑うことも出来ないだろう。
いくら巧みにプログラムをインプットされようが無駄だ。
馬鹿正直なお前に、上手な嘘はつけない。
ボクの 身代わり。
例えバグが発生したとしてもお前は自分で対処することができない。
適合するワクチンがなければ。
入力信号がなければ。
暗号文のような記号と数字の束がなければ。
愚かな知識を羊水として産まれてくる、お前はひたすらに宛ても無くエラーを発信しつづける。
ニンゲンさえ居なければ。
お前は動けない。
オレハ ウゴケナイ。
―――――シャット・ダウン。
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