TOP PAGE

はじめに

世界設定
人物設定
用語集

≪長編小説≫

灰色庭園ハイイロテイエン
0:プロローグ
1:少女の空
2:存在定義
3:誰かの声
4:消した記憶
5:最上階-鐘
6:鐘と夢
7:時と音と声
8:メゾ・ピアノ
9:嵐の翌朝
10:リアリティ
11:傾いた眼
12:横断携帯
...

  # 第九話 『嵐の翌朝』
午前3:00。
カーテンから染みる光は、もう明るい。
出番を失くした目覚まし時計のボタンを押し、隣で爆睡している女を起こさないように起きる。
まだぬくもりの残る枕を身代わりにして。

昨日、栗田は教室を出た後、いつも通り"ちゃんと"サボった。
僕がすこし急ぎ足で下駄箱につくと、ただ呆然と窓の外をみて立ち尽くしている栗田がいた。
外ではまるで僕らを待っていたかのように激しい雷が鳴り響き、嘲るように暴風雨が吹き荒れている。
こんなんじゃ傘さしても仕方がないな。
僕がそう言うと、栗田は、たった今アナタに気付きましたって顔して一言、そうね。って、言った。

このまま呆けてたって仕方がないから、といって、自転車置き場へと栗田をうながす。
銀色の三段ギアつきの愛用チャリをひっぱりだして、ポケットから鍵をだして突っ込む。
栗田はそれに僕が跨って目の前を通過するのをじっと見つめてから、すこし折れそうな細い首を傾げる。
あ、ここ。後ろ、乗って。
アゴでしゃくりながら言うと、栗田はその大きくてくりっとした瞳をさらに見開いて手を打ち、
こりゃ驚いた、と言わんばかりの大袈裟なアクションをする。それも、あくまで静かで上品にするんだ。
僕はちょっと笑って、栗田も瞳のはしで笑って、後ろに跨る。
タイヤが体重をうけて、ゆっくり柔らかく緩く沈む。
僕らを乗せたチャリは、嵐に揺らされることなく、ギアを滑らかにチェンジしながら進んでいく。
雨粒が暴風に乗って、ものすごい勢いで顔にアタックしてくる。それでも、僕はペダルを漕いだ。
僕の家に、急いだ。

家に着くと、まるで博物館か美術館へ見物に訪れた人のように、玄関でせわしなく家の中を眺め回した。
その大きな瞳にいろんなものが映って、まばたきをする度にシャッターが切られてるみたいだ。
栗田は一通り眺め終わると、玄関の床に水を滴らせている重くなったブレザーと靴下を脱ぎ、
一言「お邪魔します」といってから裸足でぺちぺちとあがりこんだ。
それから洗面所のドアを一発で素早く見つけると、洗濯機のフタをあけてブレザーをぶち込み、
洗面所で長い髪をしぼってから迷いなく寝室に入っていった。
で、今に至る。栗田は寝てる。今も。

ひんやりとしたフローリングの床を裸足でひたひた歩く。
ふと思い出して、小声で
「クロ。」
思ったより乾いた声を絞り出す。
のそりと夜の闇ように黒い仔猫が、寝起きだといわんばかりに僕の足に絡みつく。
生まれつき尻尾がないらしいクロは、シャム血統のその鼻とプライドと気品の高さに
かなり不釣合いなボディをしならせて、見るからにトップモデルのような歩みで、
僕にピタリとくっつき進んでいる。
そして、「ミイ」と擦れた声で鳴き、チリンチリンと小気味よく首輪の鈴を鳴らして飯を乞う。
「ハイハイ」
足の指に噛み付くクロを交わしながら、僕はキッチンへと向かった。

食い散らかされた丸の内弁当、圧し折られた割り箸、踏み潰された烏龍茶のペットボトル。
飛び散った米を一粒ずつ拾っていって、セブンイレブンのビニール袋に詰めていく。
全部まとめてからベランダのガラス戸を開け、それらを放り出し、朝霧の空を吸う。
「・・・・・・」
冷えすぎた酸素を肺につめ、その温度差に鼻の奥がツンとし、それをキッカケにして、
ぎちぎちと凝り固まったからだが歯車をゆっくりと廻し始める。
同じように千切れた雲が思い出したように揺れて流れ、ゆるゆると風を動かし始める。
体のなかで暖めた二酸化炭素を安堵交じりにふうと吐き出し、網戸を閉める。

手を祈るように組み合わせて天に反らし、掲げて伸びる。
ぱたぱたと僕の後ろをついてきていたクロも、前足をぐうと伸ばしている。
それを横目に何気なく壁に掛けてある赤茶のアナログ時計を見た。
午前3:04。
まだ、起きてから4分しか経っていない。
あの生ぬるいダブルベッドに戻る気は、しない。
僕は未だ霧がかっている空をカーテンの隙間から眺めた。
白のファー付きの小麦色のジャケットを羽織り、廊下へと向かう。

忍び足で寝室を過ぎる。
心臓から送り出されるの血の速さに、眩暈と吐き気が一度に僕を襲う。
クロがもう一度「ミイ」と鳴き、少し開いた玄関のドアの隙間に頭を押し付けて出ようとして、
僕は仕方なく首根っこを掴んで廊下の奥までほっぽり投げる。そして、目の端でクロが1/2回転して
まるでオリンピックの体操の選手みたいにしっかりと四肢で着地するのを見届けて、ベランダから
ごうごうと吹き出る風を家に押し込めてスバヤく鍵を、音をたてないようにゆっくりと両手を添えて
――カチャリ、かけた。









←back ↑top next→
Copyright(C) 2005 MIKOTO. All rights reserved.